自分の地位への不平不満からの運動を超えて

理系地位向上運動が、自分の地位への不平不満からの運動に過ぎないというのは誤解である

1.理系地位向上運動は、自分の地位を上げてもらいたいからする運動にすぎないのか?

 理系地位向上運動は、自分の地位を上げてもらいたいからする運動にすぎないという見方は単純すぎるといえるでしょう。

 そもそも、自分の地位を上げてもらいたいという理由で理系地位向上運動をするのは割りに合わないでしょう。

 わかりやすい例として、以下のように仮定します。
 
 理系地位向上運動にかかる手間やコストを100とします。
 仮に理系地位向上運動が成功し、日本の理系の地位が1人当たり1上がったとします。
 そのことにより、日本の科学技術立国が促進されし、日本人が1人当たり1の得を受けたとします。
 そのことにより、科学技術が発展し、世界の人々(現代人)が1人当たり0.1の得を受けたとします。
 さらに、現代人の子孫(未来人)が1人当たり0.1の得を受けたとします。

 単純な意味で損得を考えた場合の収支決算は以下のようになります。

  類型 損得計算 結果(1人当たり)
1 
理系地位向上運動をした日本の理系
1(理系としての得)+1(日本の科学技術立国による得)−手間やコスト(100)=−98 98の損

理系地位向上運動をしなかった日本の理系
1(理系としての得)+1(日本の科学技術立国による得)=2 2の得

理系地位向上運動をした日本の文系
1(日本の科学技術立国による得)−手間やコスト(100)=−99 99の損

理系地位向上運動をしなかった日本の文系
1(日本の科学技術立国による得) 1の得
5  世界の人々(現代人) 0.1(科学技術の発展による得)  0.1の得
6  現代人の子孫(未来人) 0.1(科学技術の発展による得)  0.1の得

 このように、理系の地位向上による恩恵は多くの人(未来の世代を含む)に薄まってしまうでしょう。

 利益を受けるのは、理系地位向上運動をした日本の理系ではなく、むしろ理系地位向上運動をしなかった日本の理系です。

 このように、理系地位向上運動は、自分の地位を上げてもらいたいからする運動という見方は単純すぎるといえるでしょう。


2.理系地位向上運動は、自分の地位に不満をもっている理系が、不平不満の心から行なうものなのか?

 理系地位向上運動をこのような単純な視点で捉えるのは必ずしも正しくありません。

 不平不満の心というとネガティブなイメージがあります。

 しかし、社会の改善には何らかの不平不満の心が関わっていたのは、歴史を見れば明らかではないでしょうか?

 自分の地位に不満をもっている理系が、不平不満の心から地位向上を唱えることも、社会的に意義がないことではないでしょう。

 しかし、それだけでは、

 「ああ、また理系の不満分子が何か騒いでいるよ。」
 「理系の地位を上げろとか言っているけれど、要するに自分の地位に不満があるだけだろ。」

 などと、誤解されてしまう危険 があるでしょう。

 不平不満の運動ではなく、世の中を良くする運動の側面があることを説明することが誤解を避けることにつながるでしょう。


3.理系地位向上運動が世の中を良くする 側面 −科学技術発展促進運動の人材面からの表現−

 理系地位向上運動は、科学技術の発展を促進し、日本と世界にプラスを与えていく運動の側面があります。

 また、日本の科学技術立国を促進し、日本の国益を増進する運動の側面があります。

 理系地位向上運動は、科学技術発展促進運動を人材面から見たものであり、環境運動などと同様、世の中のためになる運動と考えます。

 科学技術発展促進を目指すならば、科学技術発展促進運動と言えばよいのではないかと思われるかもしれません。

 しかし、科学技術の発展を促進させるのは何でしょうか?

 あくまでも「人」ではないでしょうか?

 名将武田信玄は、「人は城、人は石垣、人は堀」と言いました。科学技術の発展を促進させる主体は理系ではないでしょうか?

 現在の状況は、理系離れが生じたり、会社の中での技術の継承が困難になっているなど「人材面」に問題があるのではないでしょうか?

 また、仮に企業を一つの人材と見るならば、技術系ベンチャー企業がアメリカのように活発に立ち上がらない状況も問題ではないでしょうか?

 科学技術立国を標榜する日本において、このような問題は看過できないのではないでしょうか?

 現在の科学技術発展促進に一番欠けている面は、「人材面」での対応と思われます。

 そのためには、理系の地位(金銭面に限らず、研究の自由など色々なものを含む)の問題を避けて通ることはできないのではないでしょうか?

 理系の地位については、その人の価値観や考え方、どの要素(金銭面、自由、やりがいなど)を重視するか等によって、低いと考える人も高いと考える人もいるでしょう。

 しかし、理系離れが生じているということや、技術の継承が困難になってきていること、技術系ベンチャー企業がアメリカのように活発に立ち上がっている状況ではないことなどは、認めざるを得ないのではないでしょうか?

 こうした「人材面」での対応のためには、理系(理系企業を含む)の地位の向上が必要と考えます。

 この点については、理系の地位向上によらずに科学技術発展促進をすべきだという立場もありうるでしょう。

 理系の地位向上によらずに科学技術発展促進運動をすべきだとお考えの方は、そのような運動を目指されるとよいと思います。

 それは本運動と補完的な関係になることはあっても、本運動を否定する理由にはならないのではないかと思います。

 科学技術発展促進運動につき、特に人材面に光を当てて表現したものが、理系地位向上運動なわけです。

 理系地位向上運動が世の中を良くする側面については、理工系.com及び関連サイトで述べられています。


4.まとめ

 理系地位向上運動が世の中のためになる運動であるという認識を広めていきましょう。



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