理系小説−2030年の日本の科学技術

誤っていた科学技術予測と日本の再生

I.2030年の日本と科学技術の進歩

1. 2030年の日本の再生

 2030年の日本は、世界で最も科学技術が進んだ国になっていた。

 2007年頃、科学技術予測は科学技術の進歩を過小評価していた。2007年頃、日本は20年後には衰退していく国と考えられていた。

 しかし、日本は再生し、科学技術の進歩の予想も外れたのである。

2.理工系の研究の勝利による医療の進歩

  日本の再生は、理系の地位向上運動の成功によるものだった。理系の地位向上は、科学技術の進歩を加速させ、多くのことを達成した。

 第一に、医療の進歩が著しかった。2007年頃の科学技術予測は、医療の進歩を理工系の地位向上と関連させて考察できなかった。

 実際には、数学、物理、電気、機械、化学、生物、情報などの理工系の基礎研究が、2030年までの医療の進歩に大きく貢献したのである。

 まず、死因の上位を占めていたガン、脳卒中、心臓病、肺炎、自殺、不慮の事故、糖尿病、肝硬変等の脅威が減少した。

 まず、検査機器が進歩した。X線CTスキャン、NMR(核磁気共鳴画像法)、内視鏡などの検査機器は一層の進化を遂げた。数学、物理学、放射線、光ファイバー、電子デバイス、画像処理、コンピュータ等の理工系研究がもたらした成果である。

 さらに、遺伝子分析装置が作り上げられていた。これは、人の遺伝子を分析して最適な治療法を検索する技術で、遺伝子工学、電子デバイス、化学、データベース等の情報工学等の理工系研究の勝利であった。

 治療機器も進歩していた。レーザー応用機器などの高度な理工系の技術を使った治療機器が多数開発された。これは、数学、物理学、レーザ光学、電気工学、電子工学、機械工学、化学、コンピュータ工学等の進歩によるものだった。ナノテクを使った治療機器も現れていた。

 ガンは不治の病ではなくなっていた。免疫分析装置ができたのである。ガン細胞と免疫細胞を免疫分析装置にかけると、DNAを等の情報を分析して、最適な分子がコンピュータで設計された。この分子を生成する細菌を体に取り込むことで、細菌と免疫細胞が共同してがん細胞を攻撃するようになったのである。これは、免疫学、遺伝子工学、分子合成技術、合成化学、コンピュータ工学、情報工学など理工系研究の勝利であった。

 脳卒中、心臓病などの血管系の疾患の脅威も減少した。遺伝子工学、情報工学、統計学の発展により危険性の評価ができるようになった。携帯用の発信機が、心臓発作や脳卒中を感知すると、即座に電波を緊急ステーションに発信する。発作から3分以内に病院に搬送できるようになった。通信技術、センサー技術、新交通システム技術などの理工系研究の勝利であった。

 また、血管にステントを敷設する技術が発展し、新素材の発展により金属とともに有機材料で血管の問題箇所を体外から誘導して事前に手当てできるようになった。血管にたまったコレステロールを分解する薬品も開発された。金属加工技術、材料技術、新素材、遺伝子工学、薬学、機械工学、デバイス、ナノテクなどの理工系研究の勝利であった。

 人工関節などの人工臓器が実用化していた。新素材、電子デバイス、ナノテクなどの理工系研究の勝利であった。

 精神医学の面でも大きな進歩があった。うつ病等の精神疾患は、分子の設計による薬と、脳の外部からの磁気刺激の相乗効果で解決されるようになっていった。自殺率は大きく下がった。アルコールや薬物依存症への薬や脳の外部からの磁気刺激療法が発達し、依存症も改善し、糖尿病や肝硬変も少なくなった。薬学、化学、生物学、物理学、電気工学、電子工学、コンピュータ工学等のなど理工系研究の勝利であった。

 新しい感染症が次々と現れたが、薬学、遺伝子工学、コンピュータによる分子設計、化学、生物学、統計学等の技術により、対処がなされた。理工系研究の勝利であった。

 不慮の事故の防止の技術も進んだ。安全な遊具や安全な自動車、電車、飛行機、災害対策技術、水難、遭難等の事故防止技術、救助技術が発展した。遊具には新素材が使われ、自動車等の乗り物には衝突防止の技術が発展した。災害、水難、遭難等には水中でも動作する携帯電話のエリアが人工衛星により日本全土をカバーし、自動的に救援を呼ぶようになった。不慮の事故での死亡は著しく減少したのである。機械技術、材料技術、安全性技術、自動車技術、交通関連技術、災害対策技術、通信技術、宇宙技術などの理工系の技術の勝利であった。

 成人病の予防の観点でも進歩があった。インターネット技術、検索技術等の進歩により、健康情報が容易に得られれるようになっていた。在宅勤務の普及により、ストレスも少なくなっていた。食品の健康効果の研究も進んでいった。こうして、成人病の罹患率も減っていった。情報技術、インターネット技術、検索技術、食品関連技術、化学分析技術、生物学、統計学等の理工系の技術の勝利であった。

 このようにして、死因の上位を占めていたガン、脳卒中、心臓病、肺炎等の感染症、自殺、不慮の事故、糖尿病、肝硬変等の成人病などの死亡率が低下したのである。

3. 少数者への医療の進歩

 さらに、科学技術予算の増大は、従来は経済効果が少なくて開発が遅れがちであった少数者のための医療を進歩させた。

 障害者が失った身体機能を補助する技術が次々に開発された。日本が科学技術予算を増大させて補助金を出したため、企業はそのような技術開発を精力的に行なうようになったのである。

 ハイテク技術を搭載した車椅子のほか、2足歩行を可能にする義足が開発された。ロボット技術、制御技術、新素材、ナノテク、コンピュータ技術等の理工系の勝利である。

 人工聴覚や、初歩的な人工視覚も開発された。コンピュータ技術、光学技術、音響技術等の理工系の勝利である。

 難病の研究も進んだ。今まで、日本全国で100人程度しか患者がいない難病の研究は、企業が手を出しても儲からないので、遅れていた。しかし、科学技術予算が増大されたため、難病の研究が進んでいった。遺伝子工学、薬学、分子設計技術、コンピュータ技術、それを支えるデバイス、電子、化学などの広範な理工系の技術の勝利である。

 比較的まれな疾患の研究も全体として進んでいった。理工系の地位向上の恩恵は、難病の患者や障害者にも広く及んでいった。

4. 理工系の研究の勝利による災害関連技術の進歩

 理系の地位向上は、災害関連技術を大きく進歩させた。

 大地震の予知は、一定の条件下では、ある程度まではできるようになっていた。理工系の地震予知技術の勝利である。

 ビルにはハイテクの耐震設備、防火設備等の災害防止設備が施されるようになった。建設技術の勝利である。

 災害救助技術も進化していた。通信網は災害に強くなり、災害を直ちに通信網で知らせるようになった。そして、遠隔から操作できる救助ロボットや救助用小型飛行機、救助船が駆けつけるようになっていった。理工系のロボット技術、船舶技術、航空技術、通信技術、コンピュータ技術の勝利である。

 火災の際の有毒ガスの発生を減らす建設物が多くなった。建設技術、新素材、材料技術の勝利である。

5. 理工系の研究の勝利による地球環境の悪化防止

 理工系の研究は、地球環境の悪化を防止した。環境関連技術、エネルギー関連技術等の理工系の技術の勝利である。

6. 理工系の研究の勝利による生活の利便性向上

 理工系の研究は、もちろん生活の利便性を向上させた。これらは、2007年に、多くの科学技術の未来予測で語られていた。

 残念なことに、2007年当時、多くの科学技術の未来予測は、生活の利便性の向上を中心に論じていた。

 これは、「これ以上豊かにならなくてもよい」という文系の反応を呼び起こし、科学技術の可能性の過小評価につながっていた。

 「科学の進歩など生活を便利にするだけで、たいした恩恵もない。今のままでも十分だ!」という論調が、2007年当時を支配していた。

 理工系の研究が、実は一見遠いと思われる医学、医療の進歩に欠かせないことがあまり認識されていなかったのである。

 2007年当時、医学部が大変な人気を博していた。

 多くの文系は、理系はせいぜい生活を豊かにするくらいなので地位が低くて当然だが、医者だけは地位が高くても仕方ないと思っていた。

 科学技術の進歩のもたらす恩恵と、理工系の価値は過小評価されていたのである。

 以下は、2007年当時、医者になりなさいという周囲の勧めを押し切って理工系に進んだAさんの回顧録である。

II.理工系.comとの出会い

1.理工系.comの発見

 医者を除き、理系の地位はどうして低いのだろうと思って、ふと検索エンジンに理系の地位に関する言葉を入れた。

 そこには、理系の地位が低いことを嘆くサイトが集まっていた。

 その中に、理工系.comというサイトがあった。

 「こんなサイトがあったのか」と驚いた。

2.理工系.comへの違和感の日々

 理系の地位向上こそ、科学技術の進歩を加速させるのだという理工系.comの主張に共感した。

 理工系.comの関連サイトである理工系ブログは、理工系の研究こそ、医学を進歩させるという独創的な主張を展開していた。

 しかし、理工系.comは、とるに足らない小さなサイトだった。主張の内容も、自分の考え方とは違うものもあった。

 「こんなサイトではだめだな」と思った。

 理工系.comは、人は皆考え方が違うので、「新しいサイトを作ってほしい」と呼びかけていた。

 そして、理系の地位向上という一点 で考え方を同じくするサイトの連帯(理系の連帯)を呼びかけていた。

 小さなサイトでも、集まれば大きな力になるというロングテールの法則を説き、関連サイトの理系の連帯ブログで連帯を呼びかけていた。

 でも、「サイトを作るなんて面倒くさいなあ」と思った。

 「そんなことしなくても、日本の科学技術は大丈夫だよ」と自分に言い聞かせた。

 そうこうしているうちに、理工系.comのことは忘れていた。

3.科学技術立国日本の崩壊を目の当たりにして

 しばらくして、科学技術立国日本の崩壊を目の当たりにすることになった。

 会社でも、お金をかけて一生技術者を育て、技術を伝承しようという態度がなくなっていた。

 以前の日本では考えられないような技術の初歩的ミスによる事故が何件も起こり、新聞を賑わせていた。

 待遇が低い理工系の技術者の多くが人命にかかわる仕事をしているということは当時はあまり認識されていなかった。
 
 一方、研究者の世界では、博士課程まで時間とお金と労力を投入しても、それに見合った職を得るのは難しくなっていた。

 理系離れが深刻化していた。医学部は盛況なのに、理工学部の偏差値は低下し、定員が集まらなくなっていった。

 どうして日本は科学技術立国を唱えているのに、理系離れを放置しているのだろうか。

 理系の地位を上げることこそ、科学技術立国の切り札ではないだろうか。

 科学技術の進歩を加速し、日本と世界に貢献することができないだろうか。

 そんなことを考えるうちに、「そういえば、理工系.comというサイトがあったな」と思い出した。

 理工系.comの関連サイトには、理系離れのサイトがあった。読んでみると、思い当たることが多く書いてあった。

 無料のブログで理系の地位向上を唱えるサイトを作り、「理系の連帯」に加わることにした。

 それとともに、自分の勤めている理系企業に、「理系の連帯」に加わるように働きかけた。

III.理系の地位向上への理系企業の協力

1.理系企業の方向転換

 その頃、韓国や中国等の製品が、日本の製品に急速に追いついてきていた。

 理系企業は、品質も大差がなくなってきたので、技術者の給料や教育費をできる限り低く抑えることで対処しようとしていた。

 理系企業は、当初、革新的な製品を開発するのではなく、「良いものをより安く」という高度経済成長期の延長の考えから抜け切れなかった。

 そのため、中国や韓国等と激しいコスト競争になってしまい、一円でも技術者の待遇を低くしようとしたのである。

 やがて、理系企業が、理系の人材を集めようとしても思うように集まらなくなってきた。

 就職担当者は、応募してくる人材に、毎日不満を述べるようになった。

 上司は技術者の面従腹背に悩まされていた。現場の士気も低下し、以前では考えられない手抜きや事故が起こっていた。

 一円でも安くという思想が、日本の技術立国を蝕んでいたのである。 

 理系企業も、技術者の待遇を一円でも低く抑えるというのは、解決にならないことに、ようやく気づいた。

 そもそも、理系企業も、テレビ局などの国内規制企業より、地位が低いことに疑問を持っていた。

 理系企業同士が、価格競争をすることにより、従業員と役員の生涯年収は、国内規制企業より低くなっていたのだ。

 共倒れの価格競争をするのではなく、高付加価値の製品やサービスを提供し、それを知的財産として独占する方が、理系企業の地位が高くなることに気づいたのである。

 理系企業自体が、ようやく理系企業の地位向上に目覚めたのである。

2.理系の連帯の拡大

 理系企業は、理工系.comの関連サイトが、理系企業の地位向上に力を入れていることに気づいた。

 理工系.comには、理系個人と理系団体が一緒になって理系を盛り立て、科学技術立国日本と、科学技術の進歩による世界への貢献を実現するという独創的な考えが明記されていた。

 多くの理系企業が、「理系の連帯」に加わった。

 これは、理系の地位向上を盛り立てるのに大きな力となった。  

IV.理系の地位向上による日本の発展

1.高付加価値な製品による日本ブランドの確立

 日本は、2007年頃、外国から20年後には衰退している国と考えられていた。

 しかし、日本は、理系の連帯により、理系の地位向上に本腰を入れ始めていた。

 外国の理系は思った。「日本はすごい国だ。理系の地位を向上させている」。

 日本の評判は上がった。

 日本の製品は、革新的なものが多くなってきた。日本でしか見られない製品やサービスが増えていったのである。

 外国では、日本ブランドが確立した。外国の雑誌は、日本の製品の秘密は、「理系の地位向上」にあることを書きたてた。

 20年後には日本は衰退していると考える外国はなくなってしまった。

 日本の雰囲気も明るくなった。「もう日本はだめなんだ」という声も聞かれなくなったのである。

2.科学技術予算の増大

 日本は、理系の地位向上の効き目が著しいことに気づき、一層理系の地位向上を行なった。

 科学技術予算は、GDPの1%弱から、GDPの20%にまで引き上げられた。

 日本の理系は、世界で最も待遇がよくなった。

 世界から優秀な人材が日本に訪れて共同研究をして帰っていくという交流が一般的になった。

 理系の地位向上により、日本の科学技術の進歩は大いに加速された。

3.理系企業の地位向上

 2030年、日本は、理系企業で有名な国になっていた。

 日本の理系企業の従業員や役員は、世界中がうらやむような生活を送っていた。

 研究者にはフェロー制度が充実し、よい開発や研究をした技術者、研究者には、自由な身分と役員待遇が認められていた。

 理系企業の役員には、社会貢献活動として、理系の地位向上の活動が、メセナと同様に位置付けられていた。

4.2030年になって

 2030年、日本は、科学技術立国を成し遂げ、大いに繁栄していた。

 そして、世界に大きな貢献をしていたのである。先進国はもちろん、日本は、世界の発展途上国にも積極的に技術を導入していった。

 Aさんは、20年前に、理工系.comというサイトがあったことをふと思い出した。

 そのサイトが唱えた「理系の連帯」が、日本が理系の地位を向上させ、日本が繁栄し、世界に何兆円をも超える経済効果を与えていった一つのきっかけになったことに気づいたのである。


この小説はフィクションであり、特定の人物や史実との関係は全くありません。

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